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マロンとの七転八起?
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マロンと買い物をしたときに<キュウリの選び方>を話したことがあったのですが

それ以降<野菜の選び方>をマロンは気にするようになりました。



手に取る野菜を

「それはどうやって選ぶの?」

と逐一尋ねるので、わかる範囲で一生懸命に解説。

なすは光沢があって、とげが痛い物が新鮮とか、

ブロッコリーはつぼみが締まっているものがよいとか…。



幾種類かの野菜を選べるようになってきたので、

数ヶ月がたったらヘルパーさんと買い物をしてもらって、

それを素材に自力で料理をしてもらおうと思っているところです。



これに、家庭菜園で作る野菜の種類を増やして(TT)

畑でのできたてを見る練習をすれば、いつか一人前の料理人♪

になってくれるかなと期待しているところです。



<老後の料理はマロンにお任せ~>が母のせこい夢です。
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【2008/04/30 16:48】 | その他
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一時期、ニュースでも取り上げられていた学力考査。

同じ物ではありませんがひょんなことからマロンもそれを受ける機会に恵まれ?ました。





小4、3学期までの範囲の客観テストですが、

マロンはどうも答え方に苦労していた様子でした。

家でもテストをしたことはありますが、

その回数は少なく、テスト自体に慣れていません。



本当は各学期ごとにテストをしたかったのですが、実際にはその余裕がなかった。

テストに費やす時間を、中抜けを補い、次を積み重ねるための時間に使わなくてはならないと思うような実情でしたから

この約2年間にしてきたこと。

ケイン先生が足し算、引き算までと九九を少し教えてくれていたので、

それ以降から割り算の応用までと小数、分数。

幾何では図形の基礎から長方形・正方形の面積の公式を使った応用問題まで。

その他としてグラフの読み取り。



かけ算に一年をかけ、(その間もかけ算の基礎を忘れる)

割り算に半年をかけ、(その間にかけ算の筆算の仕方も割り算の基礎も忘れる)

やっと2つともできるようになったと思ったら引き算の筆算ができなくなっていたので

その後のひと月ほどは四則演算とその文章題を解かせ…。



空間認知に何かあるらしいマロンに、

たて・横を教え直してみても、ぴんときていないので折り紙を切って触れさせたり、

一緒に折り紙を切って、面積の応用問題を作るところから始めたり、

フロスティッグの練習帳を参考にしてみたり…。





習得や積み上げにひどく時間がかかるマロンのような子たちには、

理解が後からついてくる形ででも、

最低限の問題数で、習得までを最短で駆け抜けるのがよいとはわかっていますが

マロンはたくさんの問題から、自分なりに公式を見つけだして、

ようやく理解に至るタイプです。

公式を教えて、一時的にそれを覚えて応用ことはできますが、

そのやり方では理解できないし、何一つとして定着しません。



それこそ、鬼と呼ばれながら毎日のように続け、

これでもかと二人で積み上げてきたものは相応のもの?になっていました。得点とSSを見せてもらいました。
5段階評価では4。

このテストは小カテゴリごとに時間制限があり、早く終わった設問で生じた余分な時間を使えないようになっていることや
答え方に迷ったあげく自分が出したのと違う答えを書いてしまっており、
おそらく実際には今回の得点以上の力があるということでした。


アスペルガー症候群の当事者の中には、集中して同じ科目をしてしまい、
それがマスターできたら、次の科目をすると私たちには効率がよいという話をされる方もいますが、
それは<積み上げ>の部分に取り立てて大きな問題を持たないケースに限られると思っています。
また、それは高機能<自閉症>とアスペルガー症候群の違いでもあるのかもしれません。


学校以後を生きていくには、アカデミックスキル以外の力をどれだけつけてあげられるかによるし、それは障害の軽重に関係ないと思っています。
それはアカデミックスキルがどうでもよいというのではなく、
その力があるのなら、最低限小学校5年生終了程度の国語、算数の力をがっちりつけてあげたいというところに目標を置いているということにすぎません。
そこまでの力を身につけられれば、手紙やメールのやりとり、礼状もある程度まではこなせるでしょうし、消費税をいれた計算も可能です。


テストの結果を見たマロンは別段喜んだりも、悔しがってもいませんでした。
ただ、毎日のように続けてきたことがここに出ているというのはわかったようです。

障害のために起点はたいていマイナスで、たまに覚えの良いところはあっても
今度はそれにとらわれる。
実際に、ともにその道のりをすごしてきたから、マロンたちの苦しみも思いもこの障害のすさまじさもわかります。
わかったまま、最低でもあと一年分と中抜けの部分を何とかマロンが補えるように
私がもっとしっかりしないとと思いを新たにしました。

【2008/04/24 16:04】 | その他
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プロ野球初観戦のマロンには、見るもの、聞くもの、すべて初めてのはずですが

<わくわく>のほうがよほど勝っているのか、人ごみの多さにもびびりもせずに

席に着きました。



座ってまもなく、日本ハムの練習時間になりました。

ちょうど真ん前で先発投手のダルビッシュがキャッチボールをしているのを見つけて

目を丸くしながら私たちを見て、彼を指差すマロン。



ほどなく試合が始まり、

マロンは斜め後ろの座席のよそのお父さんと息子さんの歌う応援歌を聞きながら

「かっとばせ~、ひ~ちょ~りぃ~!!」

だの

「け~んすけ~!!」

だのと、予想外のあつ~い応援をしていました。



あまりの応援の熱さに、日本ハムの勝利がもう動かなくなったと思われる

試合終了直前に、前の座席のおば様&おば~様たちが、

「ぼく~、ありがとうねぇ♪」

と応援バットでマロンの頭を軽くポンポンと叩いてくれてました。



知らない人に、<軽く叩かれながら>お礼をいわれるというシチュエーションに

戸惑いながら、そして、照れながら

「はい♪… (^^;)…?」

のような返事をしていました。



残念ながら<稲葉ジャンプ>は体験できなかったのですが

「お~い、北海道」は繰り返し体験できたから、よかったということにして…。



<お祭り男+応援大好き>が混じったマロンにとって、

野球観戦はなかなかよい趣味になりそうです。



次にここに来る時は、応援歌を仕込んで、応援バットをもって参戦?することになるでしょう。

…多分。

【2008/04/18 15:45】 | その他
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マロンは毎日、歴史の問題を出します。

それも、少々マニアックなものが多い…。

で、ヒントはというと、たまに生没年だけだったりします(TT)



そんな生活がかれこれもう半年。

今年初めころまでは、

ヒントを出す時、うっかり自分で答えを言ってしまっても気がつかず

私が答えをいうと

「せ~かい♪」

とそのままスルーしていました。



それが今日、マロンがヒントを出してから、

「あ~~~~っ!!しまった~!僕、やっちゃったぁ~!

北条高時だったのに、ヒントで答え、いっちゃったよぉ~!!」



頭を抱えるマロンを尻目に

私は私で、マロンが自分の言ったことを、自分で反芻できたことに感動♪





「マロン、そんなこと出来るようになったんだ~。」



という声もマロンには届かないようで、変わらず頭を抱えて凹み続けていました。









【2008/04/17 11:19】 | その他
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ホームスクールの柱の一つになっている<ユビトレ>。



見通し能力と運筆力を考えての迷路、ひも結び、フィンガーカラーリングが

今のところのメニューです。

鉛筆の保持の仕方、手関節の動かし方がなんだか変わってきているように見えたので

今日から一項目を追加しました。

メニューは<はし使い>。



紙粘土で落花生型のものを15~6個ほど作っておいたのですが、

それを割り箸でつまんで箱から箱へ移す練習。

その後、節分の時に使った本物の落花生を、これまた箱から箱へ移すという練習です。



このところは<はし使い>に少しばかり自信が芽生えてきていたマロンですから

「こ~んなの大丈夫、大丈夫~♪」

と楽しげにし始めて

「ね~、こうやるんでしょ~♪」

と突然その動作を止めて、お箸でパクパク…。

(下のお箸を固定し、3本の指で支えている上のお箸を親指を支点に、上下に動かす)



これまで何度も見せたり、させてみた動作ですが

2週間前には全くできていませんでした。

「え~、すごい!」

私が驚いているのを見て、得意になったマロンはそれからも度々<お箸パクパク>。

さらに、落花生を一度に二つ、終いには三つ挟んで箱に移動。

「お~!ミラクル!」

と自画自賛。



使い慣れない筋肉を使ったために指がだるくなったらしく、右手をさすっていましたが彼の顔を見ると大満足だったようです。

「何日かしっかり練習したら、挟むのは<お豆>になるからね~。」

というと

「え~、明日からじゃないの~。」



はっきり言って、お調子者です。

【2008/04/14 18:07】 | その他
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雪も全くなくなって、

地面が乾き始めた公園に自転車を押していったマロンの後を追いました。

もう、乗れるところまできているはずで、あとはマロンの意気地の問題。





もともとのバランスが悪いこともあってか、ペダルを踏み込んだ後、

もう片方の足をペダルにかけようとする時に上体が傾いてしまうので、

さらにペダルが踏めない…。

そんなことを10分ほども繰り返して、右・左・右とペダルをこいで、止まってから

「お~っ!」

と感動していました。



その後は、目に見えての上達まで時間がかかり、

うまく行かないことでテンションがあがってしまって、何度も頭を抱えて

首を左右に激しく振っていました。

それでもノーリアクションを決め込んだ私を見て、

<これは乗れなければ帰れそうにない>と感じ取ったのか

かんしゃくを起こしかけながら、練習を続けていました。



そして、小一時間…。

ハンドルがフラフラしているものの、多少はこぎ続けられるようになり

「おか~さん、のれたよぉ!」



厳しいけど、ハンドルの保持も心許ないし、なんと言っても

ブレーキが全く使えていないので、このまま道路に乗り出すようなテンションになってしまうととんでもなく危険なため、今日は私は頷くだけ。

その後もマロンはなんとかペダルを漕ぎながら、何度も電灯や花壇の縁石にぶつかるのを繰り返していました。





今年の夏は二人でサイクリングができる…かもしれません。

できれば近くの湖まで足を伸ばしてみたいものです。

【2008/04/13 17:39】 | その他
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昨日も通った保育園では道路からガラス越しにみえる子供たちの

お遊戯や体操の様子に

「かわいい~♪」

と釘付けになっていました。



今日も

「保育園の様子を見に行っていい?」

とてくてく歩き出しました。

保育園まで来ると立ち止まり

「みんな、かわいいなぁ。それに楽しそうだねぇ。」





隣の幼稚園では昨日が入園式で、子供たちの姿が見られなかったのですが、

今日は少しだけ遊ぶ様子が垣間見え、やっぱりここでも

「なんだか楽しそうで、いいなぁ。かわいいよなぁ。」



ふと、将来、新聞を賑わせるようなことにでもなると…という思いが頭をよぎり

「小さい子はすぐにびっくりしちゃうから、

怖がったり、いやがることは絶対にしないでね。そっと、見ていようね。」



「うん♪」



むか~しは小さい子がとても苦手だったし、女の子の甲高い泣き声には耳ふさぎをしていましたが、あの頃と比べればずいぶんと変わったものだと思います。

【2008/04/11 09:21】 | その他
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天気もよく、私の足の指も完治しかけてきた(と思われる)こともあって

今週は毎日のように散歩に出かけました。





今日は校区の小学校も通りがかりました。

姉のマリンが卒業した小学校。

<懐かしいね~>と二人でいいながらグラウンドを見ていたのですが、

マロンが滑り台を使いたそうな気配だったので

一人でグラウンドの隅っこにあるそれまで行くと

「おか~さん、行けないよ~。」

いろいろな意味で<足止め>のかかったマロンはフリーズしていました。



体育館の陰に隠れて数分。

こちらに向かってきたマロンを迎えに行くとマロンは走って来ました。

一度だけ滑り台を滑ったところで

用務の職員さんに<整備中でまだグラウンドが使えない>といわれ、

<お騒がせしました~>とグラウンドをでました。



校舎の周りの道路を一周して帰る途中で、

体育の授業中らしい様子を体育館の窓からじ~っと見つめるマロン。

その後も道路からわずかに見える教室を見つめて

「どんなことしてるのかな~。」

と立ち止まり…。



再び正面玄関の前にくると先ほどの職員さんと鉢合わせたので、

先ほどのことを謝りました。

娘がここの卒業生だったのと、事情でほかの学校に在籍しているこの子(マロン)もここの学校になじみがあって懐かしくて入らせてもらったと。

「あと、一週間したら使えるようになりますよ。

 (マロンに向かって)さようなら~。」



マロンがそれに応えて挨拶をし、私も会釈をして帰ってきました。

…さて、怒られたと思うのでなく、事情を話したことでなんとなく話や気持ちの成り行きが変わっていたように見えたことをマロンは感じ取ってくれたでしょうか…。







ホームスクールでは社会性における凹みは少なく、逆に人間関係構築におけるコミュニケーションも円滑に進むとかいうようなことを聞いてはいますが、きちんとした裏付けを見たことはないですし、それにこれはあくまでアメリカの、

おそらくはその多くを占めているだろう定型発達の子の話。

アスペルガー関係の書籍(著者はアメリカ?の人)ではホームスクールはその負担がかなりしんどいということで、お勧めされてもいません。

社会性やコミュニケーションの凹みをもつ自閉症の子から

そこを刺激する場を減らすことについて懸念を話す人たちもいます。



今のマロンを見る限りでは、子どもたちを忌避する様子どころか、

興味を持って見つめているようだし、コミュニケーションに関する部分は

客観的な変化も見られているのでほっとしています。

【2008/04/10 09:12】 | その他
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ディサービスで2度目のお手伝いをさせてもらったマロンですが、

連絡帳には<床の拭き方がとても上手になっていたのでびっくりしました>

という内容のコメントが図入りで書いてありました。



初回は別なところで、別のやり方でのトイレ掃除だったために

ほとんど力を発揮できなかったことはわかっていましたが

どのくらいの回数を重ねれば力を発揮できるようになるかと思ってきました。

今回、力を出せるまで、ほとんど時間がかからなかったのは、

事業所、指導員さんへの慣れや信頼によるものは疑いようがないように思えます。



家でも新しいお手伝いは激しく動揺するのですが、

いろいろなところが柔らかいうちに、新しいこと全般へのハードルが低くなるとか、完全にはテリトリーでないところで力を出す機会などを少しずつ積み重ねていければよいなと思っています。





今日のディでは水彩絵の具での彩色もしたそうで、

できあがったものを持ち帰ってきました。

筆を使うのはもう少し後にしようと思っていたのですが、思わぬ時期に

筆でどれだけのことができるのかを知ることができました。



1年半ほど前には、<絵>への苦手意識がとても強く、

<絵を描く、色を塗る>なんていうことを言い出したら、思いっきり退いてしまっていました。

当然、クレヨンも色鉛筆も握るのも好まず、絵の具に筆なんて考えられないというのが実際の姿でした。



この4ヶ月ほど、基本的には毎日してきたフィンガーカラーリングのことは

ここの日記にも何度か書いていますが、絵への苦手意識、手指の巧緻性、空間認知、コミュニケーション能力、イメージを媒介して考える力・・・、これらを押し上げたのはおそらくこの手法だろうと思います。



いずれ、マロンが自分でデッサンし、筆で彩色する日も来るのでしょうが、

あと数ヶ月はこの手法を続けるつもりでいます。





さて、持ち帰ってきた絵。

一枚は見本を参考にしての彩色のようですが、

背景の色はマロンが考えたということでした。

あまりむらもなく、ひどくはみ出すこともなく、

親ばかの私の目には<とても見事に>塗られているように見えます。

姉のマリンからもベタボメされた2枚の塗り絵。



塗り絵2

塗り絵1









指導員さんには

<僕が塗った、すばらしい絵を見てください。>

のようなことをいったのだとか…。

気持ちが素直に出ているといえば聞こえも良いですが、

この部分はもう少し何とかしないと、思いっきり<玉?に傷>状態です。

もう、ほんとにハズカシイ…。

【2008/04/09 17:32】 | その他
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マロンに缶ジュースを買ってから車に乗り込み、

「開けてね。」

というと窓を開け始めたので

「ジュースだよ♪」

というと

「あ~、ごめんなさい、ごめんなさい。」





この場面で、開けるものは何なのかを、マロンはおそらく必死で考えて

<窓>のほうを選択したのだろうと思います。

文字で表されたものであれば、<それ>とか<これ>という指示語が入り、

マロンも読み取ることができたでしょう。



会話は文法においても崩れていることが多いし、

阿吽の呼吸や相手の目線、しぐさ、雰囲気、直感、これまでのプロセスを考えて

相手が了解できるものを把握し、細かい部分を省略して話していますから

マロンたちにとっては、始終分析しながら受け答えをしているのだろうなと思います。





看護学の世界では、<プロセスレコード>というものがあります。

私が習ってきたものはウィーデンバックの改良型で、自己分析を含むものでした。

看護研究や看護記録でもこの形が使われることは珍しくなかったので、

ある種のニーズのある人と話すときには無意識のうちに<プロセスレコード>モードに入ります。

相手をどれだけキャッチできたのか、自分のセンサーや意識の向け方は適切であったのかの振り返りにはなりますが、断続的(にしかできない)ではあっても長時間のこれは精神力を消耗します。



マロンたちはこうした作業をしながら、こうかな、ああかなと思いながら会話しているのことをこれまで以上に強く感じた一瞬でした。

自閉症由来?の刺激に弱い部分、認知の凸凹を持ちながら、

機能の高さゆえに多少の情報処理もできるものだから、あれやこれやと真面目に、一生懸命に悩みながら考え、そして間違えては相手に(まるで自分の人格ごと)否定される(たかのように受け取ってしまう)連続。



受け入れられているとか安全と感じているところでは、それも多少緩和されるのでしょうが、そうでないところで過ごした後のあの疲れ具合はこうしたこともその要因だったのだろうなと今更にして思います。

【2008/04/06 13:34】 | その他
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