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マロンとの七転八起?
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「お姉ちゃん、これ、ひとつわけてくれない?…ホントに悪いんだけどさぁ。」



マロンが以前、口にすることのなかったマロンパパのおつまみ。

いつの間にかマリンだけでなく、マロンの好物になっていたようです。

マリンには少し分けてあげていましたが、マロン分は取り分けていませんでした。

「ほしいんだけれど…。」

というので、マリンにお願いしてみるように勧めたときのマロンの言葉です。



以前からも時々ありましたが、今日の言葉使いやイントネーションを聞いて

あまりに私そっくりでどっきりしました。

私が思っている以上にマロンは私を見ているのだ…。



<育てる側>としては今のマロンにとって、マロンが大人になり人として生きていく上でよいようにと心がけて接してきましたが、それだけではきっと不十分で、

将来はこんなふうにすればいいよというデモンストレーションを見せる意識も必要なのだろうと感じさせられました。



意識が支援や指導に向いていて、マロンの模倣したり吸収したりする力を信じて、

能動的な作用は基本的にない<参照の対象>になることの意識が私には薄かったように感じます。



なにせ、人間的には薄っぺらい、非常に頼りない私ですから、

毎日毎日、自分自身を見直すことも豊かにすることも怠らないようにしないといけないなぁと感じます。(汗)
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【2006/04/09 21:35】 | 答えの出にくいこと
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マロンの宿題には交流級の授業では解けなかった問題と思われるものがある。

交流級の先生が説明してくれただろうえんぴつの跡。



持ってくるのは確かにマロンがすらすらと解けない問題ではあるけれど

ゆっくり音読すれば(ひっかけ問題にはひっかかるが)確実に解ける。

言葉の意味を説明すれば瞬時に答えが出るものも少なくない。



家で解ける問題がなぜ交流級では解けなくなるのか。

(それが「実力」とも称することもできようが)

環境の変化(雑音、クラスの雰囲気のようなもの)によるのか

教える側の要因か(マロンがいることでさらに負担も増すので精神的には落ち着かない状況で教えることでマロンもその動揺に同調するとか、マロンのものの見方の特徴などが先生に伝わらないので教えることに生かせないとか)

マロンの緊張やストレスによるものなのか…。



私自身は交流をすべきものだとは全く思っていない。

マロンにも迎えてくれる周囲にもプラスなのであればという条件付の肯定にすぎない。

アメリカでは分離教育が成果を上げているという。

統合教育にある程度見切りがつけられて、分離教育へと流れが変わったという情報は英語の雑誌で見てすでに何年もが経過している。



自閉症学校があり、個の特徴に応じた教育がなされているのなら、私は迷わずにそちらを選択するに違いない。

それができない今は何がマロンにとって最善であるのだろうか。



学業だけであれば塾に行ったっていいのだし、家庭教師をつけることもできる。

その方がよほど個別指導には向いているだろう。

私が子どもたちを学校に行かせるのは障害のあるなしにかかわらず

<仲間>と<社会>と<理想>を学んでほしいというのが一応の目的ではある。



学校には<仲間>がいて、その中で生きるということを学んでくれれば

万々歳といったところだが、力を発揮できず<できない感>が強くなっていくなら、今は交流授業を基盤にやりとりができている交流級の仲間の視線は

いずれマロンを疎外するものに変わってもいくだろう。



来年度はクラス替えもあり、しばらくは交流級の雰囲気もザワザワしたものになると思っていいだろう。

さて、この場合の最善とは交流級を当面は凍結にする、もっと交流級の先生の余裕のある課目の時間(比較的重要視されない?体育とか音楽とか)にお願いする、元のように行事や昼休みを中心にした交流にするのどれかなのか、どれでもないのか…。

【2006/03/19 22:52】 | 答えの出にくいこと
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